超常科学 -キリキリバサラ-

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    天狗

    日本を代表する大妖怪「天狗」
    この天狗には数多くの言い伝えと謎が存在している。

    今回は天狗の種類と語り継がれる伝承、その正体とされる説をご紹介する。

    天狗の正体は?

    日本各地に数々の言い伝えを残し、目撃情報も存在する天狗の正体とは一体何なのだろう?
    ここでは天狗の正体とされているものの中から特に有名なものをご紹介する。

    ①自然現象説

    天狗という言葉自体が流れ星から生み出されたものであるため、山中で起こる自然現象がその正体だとする説。交通手段が乏しかった昔の日本では山は神の領域とされており、この世のものではない存在が支配していると考えられてきた。

    自然現象説伝承に伝わる天狗は山火事や天候を操るとされているが、これ自体が山林では当たり前のように発生する自然現象。自然を畏怖し敬う日本人の心が、天狗という存在を生み出したのかも知れない。

    ②外国人説

    天狗の正体は遭難し日本に流れ着いた外国人だったとする説。
    室町時代になるとアラビア人やペルシャ人はアジアにまで進出していたと考えられている。まだ造船技術が未熟だった当時の航海には難破がつきものであったため、日本へ流れ着く遭難者も少なくなかったといわれている。仮に当時の日本人が見たことのない外国人を目撃したとすれば、高い鼻や彫りの深い顔に驚き、物の怪の類だと勘違いしてもおかしくはない。のかもしれない

    外国人説また、天狗伝説で有名な寺の中にはユダヤ人の象徴である六芒星の印が残されているものがある。
    ユダヤ人が神事の際に着用する「ヒラクリティ」という帽子が天狗の被りものに酷似しているため、日本に渡ってきたユダヤ人が天狗の正体なのではないかとする説も存在する。

    ③UMA(未確認生物)説

    天狗の正体は自然現象や外国人などではなく、当時確認されていなかった新種の生物だったとする説。
    天狗は河童などと同じようにUMAの仲間として語られることもあるため、そのモデルとなった生物がいたのではないかともいわれている。

    UMA(未確認生物)説天狗は人ほどに大きく空も飛ぶとされているが、それに該当する生物はオオワシなど大型の猛禽類だけ。
    しかし、ワシの仲間は古くから日本人に知られており、それを天狗と見間違えるということは考えられない。昔の日本人が見た天狗とは一体何者だったのだろうか?

    出典:wikipedia

    管理人:ニート神
    からのひとこと 

    日本を代表する妖怪「天狗」について紹介したよ。
    河童や他の妖怪のように天狗伝説にも元となった生物が存在していると思う
    しかし、残念だけど現在ではその真実を知る術は殆どない(´;ω;`)

     

    天狗

    日本を代表する大妖怪「天狗」
    この天狗には数多くの言い伝えと謎が存在している。

    今回は天狗の種類と語り継がれる伝承、その正体とされる説をご紹介する。

    天狗の言い伝え

    天狗に関する伝承は古くから存在している。
    ここでは天狗の言い伝えの中から特に有名なものをご紹介する。

    ①日本一の山を作ろうとした天狗

    群馬県には非常に巨大な天狗の言い伝えが残っている。
    あるとき大天狗が群馬の榛名山(はるなさん)を日本一高い山にしようと考えた。しかし、土を掘っては山に盛りを繰り返していくうちに神通力が尽きてしまう。

    日本一の山を作ろうとした天狗やけくそになった大天狗が残っていた土を放り投げるとそれが現在の「ヒトモッコ山」になった。
    また、このときに天狗が掘った穴に水が溜まり現在の「榛名湖」になったといわれている。

    ②牛若丸と天狗師匠

    烏天狗は特に剣術に優れていたといわれているため、有名な牛若丸に剣を教えたという言い伝えが残っている。源義経こと牛若丸は七歳のときに僧になるために向かった鞍馬山で烏天狗に遭遇する。

    牛若丸と天狗師匠父の敵として平家を滅ぼしたいと話した牛若丸に心を打たれた烏天狗は、彼に天狗の剣術を教えることになった。この頃の牛若丸は毎晩のように寝床から抜け出し、烏天狗との修行に明け暮れたといわれている。

    ③目撃された天狗の群れ

    静岡県の大井川では大量の天狗が目撃されたという言い伝えが存在する。その天狗は巨大な鳥のように見えたが、顔は人というとても奇妙な生物だった。

    目撃された天狗の群れ目撃された大量の天狗は夜の大井川で魚を捕まえたが、一目に気が付くと一斉に飛び去ってしまったといわれている。これらの天狗は木の葉天狗に当たると考えられている。

    ④世界を滅ぼした天狗

    1500年ほど前に地獄について書かれた古書「正法念処経」にも天狗が登場する。
    それによれば山に入った天人があるとき空で激しい爆発を目撃、驚いた彼らが身を隠すと巨大な天狗が姿を現し、どこかへ消えた。

    世界を滅ぼした天狗これは天狗が天上にある兜率天(とそつてん)という世界を破壊した風景を記したものだとされている。天界を破壊する天狗が邪悪で恐ろしい存在であると記した伝承。

    ⑤天狗になった天皇

    日本の第75代天皇である崇徳天皇(すとくてんのう)にも天狗に関する逸話が残っている。
    崇徳天皇は自ら己の舌を噛み切り、噴き出した血で呪文を記し、その力で生きながらにして天狗になったといわれている。

    天狗になった天皇爪や髪は伸び放題に伸び、夜叉さながらの姿となった崇徳天皇は都に疫病を流行らせ多くの大臣を病死させる。天狗の力を恐れた後の人々は、崇徳天皇を神として祀り「白峯神宮」を建設したといわれている。

    ⑥天狗になった呪術師

    飛鳥時代に実在した呪術師「役小角(えんのおづの」にも天狗に関する言い伝えが残っている。役小角は強力な神通力を持ち、鬼を従えて雲に乗り自由に空を飛んだといわれている。

    天狗になった呪術師役小角は死後に大天狗になり、その力で妖怪の頂点に君臨する存在になったと伝承されている。役小角については「今昔物語」でも取り上げられており、山へ籠って修行をする「修験道」の開祖としても知られている。 

    ⑦子どもを助けた天狗

    愛媛県の石鎚山には迷子になった子どもを助けた天狗の話が残っている。あるとき男の子が山で行方不明になり、村人たちは彼を探して山に入った。しかし、どれだけ探しても見つからないのであきらめて戻ると、村には行方不明になったはずの男の子が帰ってきていた。

    子どもを助けた天狗話を聞くと山の頂上で黒い大男と出会い、目をつむるようにいわれてそのとおりにするといつの間にやら村に戻って来ていたとのことだった。これは天狗が人間を助けた逸話として語り継がれている。

    ⑧天狗が起こす怪異現象

    群馬県では山中で突然笑い声が聞こえるとそれは「天狗の笑い」という現象だといわれており、これに返して笑うとさらに大きな声で笑い返してくると言い伝えられている。また、山で突風が吹くと大きな岩が転がり落ちてくるとされており、これは天狗が投げた「天狗礫(てんぐつぶて)」だとされている。

    天狗が起こす怪異現象天狗は山神として信仰されている場合も多く、こうした山で起きる超常現象は天狗の仕業であると考えられてきた。

    ⑨天狗の住処

    埼玉県の児玉郡には松を切ろうとした人が木から落ちて大怪我をするという事故があった。これは松に棲みついていた天狗の仕業だといわれている。天狗が大松に宿るという話は日本各地に存在しており、山の神として扱われることがその由来であるとされている。

    天狗の住処愛知県の宝飯郡には松の大木の下に大きな洞窟があり、「天狗の巣」という呼び名が付けられている。
    実際にこの洞窟の中で天狗を目撃したという話も残っている。

    続きは「天狗の種類とその正体・今も語り継がれる大妖怪の伝説:Part3」こちらからどうぞ!

    天狗

    日本を代表する大妖怪「天狗」
    この天狗には数多くの言い伝えと謎が存在している。

    今回は天狗の種類と語り継がれる伝承、その正体とされる説をご紹介する。

    天狗とは

    天狗とは古くから日本に伝わる伝説上の妖怪またはUMA(未確認生物)
    人間を魔の道に引きずり込むともいわれており、地域によっては神と同一視されることもある。

    天狗とは天候を操るなど妖怪の中でも特に強い力を持つとされており、人々から恐れられる存在だった。
    天狗は数ある妖怪の中でも最も有名なもののひとつといえる。

    天狗の姿と種類

    天狗は赤い顔面に長く伸びた鼻を持ち、山伏(やまぶし)の恰好をしているといわれている。
    また、天狗には「大天狗」、「烏天狗(からすてんぐ)」、「木の葉天狗」という3つの種族が存在し、それぞれの姿は少しずつ異なる。
    最も強い力を持つとされている大天狗は、他の天狗よりも体が大きく鼻も長いとされています。妖怪として上位に君臨する大天狗は巨大な鬼や人間に姿を変えることができるともいわれている。

    天狗の姿と種類これに対して烏天狗は、その名の表す通りカラスのような顔と鋭いクチバシを持っている。
    また、背中には翼があり自由自在に空を飛ぶことができるらしい。
    天狗の中でも最下位に当たる木の葉天狗は、他の天狗と違い2メートルを超える鳥の姿であるとされている。木の葉天狗の姿は一般的な天狗のイメージからは程遠く、妖力を持つ鳥と呼んだ方が想像しやすいかも知れない。

    天狗の名前の由来

    もともと天狗という言葉は中国で「流れ星」を表す言葉だった。中国では隕石が大気圏に突入する際の空気との衝突音を犬に例える習慣があり、それが天狗という不思議な生物を生み出す元となった。
    また、流れ星は災いの前兆であるとされていたことから、天狗は邪悪な存在であるというイメージが定着したといわれている。

    天狗の名前の由来これらが海を渡って日本に伝わり、鼻の長い天狗という独自の伝承を生み出している。
    その後、日本では流れ星ではなく雷が鳴る音を天狗の声だとする風習も生まれ、空に関係する妖怪として語り継がれることになった。

    強力過ぎる天狗の団扇

    天狗の中でも特に格の高い天狗は、奇数の羽でできた団扇を持っているとされている。
    この団扇はそれ自体に強力な妖力を宿しており、火を噴いて山火事を起こしたり天候を操って嵐を起こすことができたという。

    強力過ぎる天狗の団扇その他にも瞬間移動や人の心を操る力などもあり、妖怪が持つ武器の中でも最強といえる性能で天狗の団扇には退魔の力もあるとされており、それに由来して形の似ているヤツデの葉にも厄払いの効果があるといわれている。

    天狗の鼻はなぜ長い?

    天狗の鼻が長く描かれるようになったのは今から450年ほど前だと考えられている。
    室町時代の絵師である狩野元信が残した「鞍馬大僧正坊図」には鼻の長い大天狗が描かれていた。
    これが鼻の長い天狗を描いた最古の絵であるとされている。

    天狗の鼻はなぜ長い?しかし、もっと以前から天狗の鼻は長いものだと伝承されていた可能性が高く、その由来は明らかになっていない。天狗を目撃したという記録も存在しているため、目撃者から鼻が長かったという証言があったのかも知れない。

    さて、続いては天狗についての言い伝えを書いていこうと思うが、一旦この記事で区切りとさせて別記事で紹介しようと思う。
    続きは「天狗の種類とその正体・今も語り継がれる大妖怪の伝説:Part2」こちらからどうぞ!  

    日本で最も有名な妖怪「鬼」。
    日本文化の一部ともいえるこの鬼は本当に実在していたのだろうか?

    今回は日本各地に残る鬼の伝説とその正体についてご紹介していこうと思います。

    鬼の正体は?

    多くの伝説を残す鬼にはモデルになった生物がいたのではないかといわれている。
    ここでは鬼の正体として特に有名な説をご紹介する。

    ①金属工説

    鬼の正体が金属工だという説が存在する。
    金属工とは鉱山で鉄を掘ったり、それらを加工する職人を指した言葉。鬼の伝承の中には山や金棒などの金属工を思わせる点が多く存在している。

    金属工説危険な仕事をする金属工の男たちは体格がよい人が多く、鬼の体型的な特徴にも一致。
    また、鬼伝説が存在する山の多くは鉱山地帯だったこともわかっている。

    ②バイキング説

    バイキングは1000年ほど前に海を荒らし回った海賊。
    このバイキングが鬼の正体なのではないかとする説も有力視されている。バイキングは角が生えた帽子を被っており、外国人であるために当時の日本人から比べれば相当に大きな体つきをしていた。
    また、白人であるため日焼けすると赤みを帯びた肌になり、毛皮を着用していた点も鬼と一致している。

    バイキング説外国人に馴染みのない当時の日本人がバイキングを目撃すれば、それを鬼と見間違えても仕方がないのかもししれない。また、有名な酒吞童子の正体も日本にやってきたドイツ人だったのではないかといわれている。

    ③世捨て人説

    世間一般とは関わることをしない訳ありの世捨て人が鬼の正体だったとする説。
    鬼は毛皮などを腰に巻いているとされているが、これが自然の中で生活するサバイバーのイメージに一致している。

    世捨て人説昔の日本では生活が苦しいことを理由に生まれた子どもを山に捨ててしまう風習があったといわれている。
    そんな捨てられた子どもたちの中には厳しい山の環境に適応して生き延びた者も少なからずいたはず。
    悲しいことに彼らは捨てられた後も鬼として人々から迫害を受けていた可能性があるという。

    出典:wikipedia



     

    日本で最も有名な妖怪「鬼」。
    日本文化の一部ともいえるこの鬼は本当に実在していたのだろうか?

    今回は日本各地に残る鬼の伝説とその正体についてご紹介していこうと思います。

    鬼に関する伝説

    日本では各地に様々な鬼の伝説が残っている。ここではその中でも特に有名なものをご紹介しよう。

    ①酒に溺れた酒呑童子

    昔、丹波の国の大江山には「酒呑童子(しゅてんどうじ)」と呼ばれる鬼が住んでいたといわれている。
    酒呑童子は数ある鬼を部下に持つ鬼の統領であり、各地で悪さを働いたとされていた。
    神隠しにより民や姫を誘拐する酒呑童子に対し、当時の帝は平安時代の武将「源頼光」を大江山に送り込む。

    酒呑童子正面から挑んでは勝ち目のない鬼たちに対して、源頼光は毒入れの酒を飲ませる策に打って出る。これによって昏睡した酒呑童子と仲間の鬼たちは源頼光に一網打尽にされることになった。

    ②生き残った茨木童子

    茨木童子(いばらきどうじ)は酒吞童子の右腕とされている伝説の鬼。
    その性別や立ち位置については諸説あり、女の鬼で酒吞童子の恋人だったとする説もある。酒吞童子と一緒に京都を荒らしまわった茨木童子でしたが、先述した源頼光の策によって苦戦を強いられることになる。

    茨木童子茨木童子はこの戦いにおいて唯一生き残った鬼だとされており、渡辺綱に腕を切り落とされながらも逃げ延びることに成功したとされる。

    ③鬼の子 鬼童丸

    京都には酒吞童子と人間の子どもである「鬼童丸(きどうまる)」の言い伝えが残っている。
    源頼光が酒呑童子を退治した際、鬼たちに拉致された女たちも同時に解放された。
    しかし、その中の一人に酒呑童子の子どもを妊娠している女がいたという。
    女は気が触れてしまっており、故郷に帰ることもできないまま一人で鬼童丸を産み落とした。

    鬼童丸鬼の子である鬼童丸は生まれた時から鋭い歯が生えており、7歳の頃にはイノシシを仕留めて食べていたといわれている。鬼童丸は父の敵として源頼光の命を狙いますが、後に返り討ちにされる。

    ④鬼の一口

    平安時代の伊勢物語には「鬼一口」という逸話が登場する。
    お互いに愛し合ったある男女が身分違いによって結婚できなかったために駆け落ちをすることになった。
    しかし、突然の豪雨に襲われたため、通りがかった蔵の中に女を潜ませ男は外で一晩中見張りをすることになる。

    鬼一口ところが朝になって蔵に入るとそこに女の姿はなかった。このように突然人が消える現象を、昔の人は鬼によって一口で食べられてしまったため悲鳴も上げることができなかったと解釈したらしい。

    ⑤深夜の百鬼夜行

    妖怪に関する伝承の中でも特に有名なもののひとつに「百鬼夜行(ひゃっきやこう)」がある。
    平安時代や室町時代には深夜になると鬼が群れを成して徘徊すると信じられていた。
    この行列は百鬼夜行と呼ばれ、当時の人々にはとても恐れられていた。

    百鬼夜行百鬼夜行を目撃した人は死んでしまうという伝説があったため、人々は深夜に外出することを控えていたといわれている。しかし、伝承の中には百鬼夜行に遭遇しても読経することや朝になったことで助かったという話も存在する。

    ⑥終わらない地獄 餓鬼

    鬼の伝説の中には人が鬼になったとするものも多く存在する。「餓鬼(がき)」は生前に贅の限りを尽くしたり、強欲を貪った人間の成れの果てとされた鬼。餓鬼になった人間は手を触れた水や食べ物がすべて火に変わってしまい、永遠に続く飢餓の中で苦しみ続けるといわれている。

    餓鬼その姿は骨のように瘦せ細っており、腹だけが醜く膨れ上がっているとされている。餓鬼は人間への戒めのために生まれた鬼なのかも知れない。 

    ⑦人に使役された前鬼・後鬼

    実在した修験道の開祖「役小角(えんのおづの)」は強力な法力を有し、鬼をも操ったという伝説が残っている。その役小角が使役したとされる鬼が「前鬼・後鬼(ぜんき・ごき)」。
    この二匹の鬼は夫婦でしたが、悪さをしていたところを役小角に捕まってしまう。

    前鬼・後鬼前鬼・後鬼は子どもも平気で殺す凶悪な鬼だったが、役小角に子どもを隠されたことで親の悲しみを知り、改心したといわれている。奈良県にある大峰山には前鬼・後鬼のものとされる墓も存在している。 

    ⑧黒塚の鬼婆

    福島県には実在したとされる「鬼婆」の墓が残っている。あるとき紀伊国の僧が安達ヶ原を通りがかった際に、宿を借りたいと一軒の家に声をかけた。すると親切そうな老婆が出てきて快く僧を家へ招き入れた。
    老婆は薪を取ってくるので奥の部屋は絶対に覗かないようにと言い付け外に出ていった。
    しかし、好奇心に負けた僧が奥間を覗くと、そこには大量の人間の骨が転がっていた。

    鬼婆老婆に食べられてしまうと感じた僧は慌てて家を抜け出した。しかし、僧が逃げたことに気付いた老婆は恐ろしい鬼婆に姿を変え、僧の後を凄まじいスピードで追いかけてきた。
    死を覚悟した僧が観音菩薩像を取り出し経を唱えると、菩薩から光の矢が放たれ鬼婆を貫く。
    僧はこの場所に絶命した鬼婆の墓を作り遺体を埋葬した。
    その後、いつしかこの土地は黒塚と呼ばれるようになったという。

    ⑨災いのもと悪鬼

    日本では昔から災いは鬼が運んでくると考えられてきた。それを代表するのが「悪鬼(あっき)」。
    伝染病が流行するのは悪鬼の仕業だとされており、病気が大流行すると鬼を払う儀式が各地で行われていた。ちなみに節分の豆まきで払われる鬼はこの悪鬼だといわれている。

    悪鬼

    ⑩占い師の天邪鬼

    本心とは逆のことをいう人のことを「天邪鬼(あまのじゃく)」と呼ぶが、読んで字の如くこの天邪鬼も鬼の仲間。天邪鬼は人の心を読むことができ、それを利用して悪事を働くといわれている。

    天邪鬼伝承される内容は各地によって様々で、山林で人の声真似をする音だけの天邪鬼や、山のように巨大な天邪鬼の逸話も残っている。天邪鬼は占い師の魂が変化したものという説があるため、人の心を読むことができる能力があるとされてきた。

    ⑪鬼の通り道 鬼門

    陰陽道では北東の方角は「鬼門(きもん)」と呼ばれ、鬼が出入りする場所があるとされてきた。
    そのため鬼門は現在でも不吉な方角だとされており、場所を決める際には避けなけれならないといわれている。

    鬼門鬼門という概念自体は中国から伝わったものだが、不吉な方角としての信仰は日本独自で進化した考え方であることがわかっている。古い建物などでは北東に門を設置することを避けるために、歪な形状をしているものも存在する。

    ⑫超巨大な鬼

    四国地方には巨大な鬼の伝説が数多く残っている。手洗鬼(てあらいおに)と呼ばれるこの鬼は、山と山を跨いで海で手を洗うほど大きいとされている。また、香川県の飯野山には手洗鬼の足跡とされるものも存在している。

    巨大な鬼手洗鬼の跨いだ距離は全長12キロメートルを超える瀬戸大橋よりも長いとされており、この鬼が如何に大きいかがわかると思う。

    ⑬百の目を持つ鬼 百々目鬼

    平安時代の武将である「藤原秀郷(ふじわらのひでさと)」には百々目鬼(とどめき)という鬼との逸話が残されている。あるとき秀郷が狩りの帰り道で「この近くには百の目を持つ鬼が出没する」という噂を耳にする。噂を確かめるために夜まで待っていると、両腕に無数の目を持ち体長3メートルを優に超える大きな鬼が現れた。

    百々目鬼秀郷が最も妖しく光る鬼の目に向かって矢を射ると、鬼は悶え苦しみ遂には動かなくなってしまった。
    しかし、鬼の体からは炎と毒が立ち上り近づくことができなかったという。翌朝、同じ場所に戻るとそこには黒く焼け焦げたような土だけが残されていたそう。

    ⑭忍者のルーツになった四鬼

    日本の古典太平記にも鬼に関する興味深い逸話が記されている。平安時代の豪族である藤原千方という人物は強力な4匹の鬼を使役していた。突風を操る「風鬼」、洪水を起こす「水鬼」、全ての攻撃を弾き返す「金鬼」、気配を消すことができる「隠形鬼」、これらの鬼は四鬼と呼ばれ、使役する藤原千方の力を絶対的なものとしていたという。

    四鬼あるとき藤原千方は四鬼の力を使って朝廷を支配しようと謀反を起こす。しかし、紀朝雄(きのともお)の歌によって四鬼を封じられた藤原千方はこの戦いに敗北した。四鬼は忍法の原型になったと考えられており、これらが忍者のルーツであるといわれている。

    管理人:ニート神
    からのひとこと 

    続いては、「鬼の正体」についてです。
    こちらから飛べます「 鬼は実在するのか?各地に残る伝説とその正体とは:Part3
    次の更新をお楽しみに

     
     

    日本で最も有名な妖怪「鬼」。
    日本文化の一部ともいえるこの鬼は本当に実在していたのだろうか?

    今回は日本各地に残る鬼の伝説とその正体についてご紹介していこうと思います。

    鬼とは

    鬼とは日本各地に古くから伝説が残る日本で最も有名な妖怪。
    有名な桃太郎をはじめとして多くの昔話に敵役として登場しており、現代でも節分の日には鬼の面を被る習慣が残っている。

    鬼とは鬼は敵役のイメージが強いことから、怖ろしい様や凄まじい様を表す言葉としても使われている。妖怪という存在がメジャーでなくなった現在の日本においてこれだけの影響を残していることからも、鬼という存在が日本人にとって特別であることがわかる。

    鬼の姿

    古くから語られる昔話に登場する鬼は、頭に角を生やした大男のような姿で描かれている。口には牙が生え、爪も鋭く伸びているその姿は人間とは似て非なるもの。赤色の肌をしているものが多いとされているが、黒や青色の鬼も存在しており、腰には虎の毛皮を巻いているといわれている。

    鬼の姿実は、伝承に残る鬼は必ずしもこのような姿をしているとは限らない。
    格の高い鬼は人に化けることもできたとされており、美男美女の姿で人間に近づくこともあったといわれている。また、鬼という存在は「怪異全般」を指す言葉でもあったため伝承される鬼の姿は常に一定ではなく、中には姿が見えないものまで存在した。
      

    鬼の名前の由来

    鬼という名前には「おぬ(いない、かくれる)」という意味があるのを読者のみんなはご存知だろうか?
    これは鬼という存在が人間とは住む世界の違う「見えない者」であることに由来している。
    鬼には不思議な力があるとされており、多くの怪異の原因になる存在であると考えられていたようだ。

    鬼の名前の由来また、平安時代の中期までは鬼は「もの」と呼ばれており、悪霊や不吉なものを表す意味もあった。
    その名前が「おに」であれ「もの」であれ、鬼の名前には人々の畏怖の念が込められていたことがわかるだろう。

    鬼の善悪

    先述した通り「怖ろしいもの」というイメージの強い鬼だが、日本各地には善い鬼の伝説も多く存在している。鳥取県には鬼が村を守ったという言い伝えが残っており、鬼を悪としてではなく善いものとして信仰していたそう。また、青森県では鬼を神として祀る風習があるが、これも鬼が人を助けたという伝承が存在するため。

    鬼の善悪このように鬼は妖怪としてだけではなく神や神聖な存在としても扱われることがある。
    浜田廣介の「泣いた赤鬼」のように人間と仲良く暮らす鬼の話も存在している。悪と善の伝承が極端なことも鬼の特徴といえるのかも知れない。

    鬼の種類

    その名前や行動から鬼は様々な姿や意味を持つ存在だということがわかったところだと思う。
    しかし、鬼はその特徴によっていくつかのグループに分類することが可能だったりする。
    ここでは鬼の種類についてご紹介しよう。

    ①霊としての鬼

    霊鬼(れいき)と呼ばれるこの種類の鬼は、人の死後にその魂が変化したものだとされている。
    いわゆる「悪霊」のことであり、これらも鬼に属するものだと考えられている。元々「鬼」という字は中国では悪霊を指す言葉。

    霊としての鬼多くの鬼は怨霊から生まれたとされており、人を殺して仲間を増やすと考えられていた。
    これに属する鬼たちは人に災いをもたらすとされており、人々から恐怖の対象として扱われていた。 

    ②神としての鬼

    時として山や土地を守る神々も鬼と呼ばれることもある。
    この種類の鬼は一つ目であるといわれており、守り神としての性質が強い存在らしい。
    守り神だからといって必ずしも人間を守るとは限らないと思うが、人を助けたと伝承されている鬼の多くはこの山神に属していると考えられている。

    神としての鬼同じく山神と呼ばれる妖怪には天狗が存在するが、鬼と同様に邪悪な存在でありながらも人を助けたという逸話が残っている。(天狗についてはまた後日ご紹介する予定だよ)

    ③妖怪としての鬼

    存在のわからぬもの、不思議な現象も鬼として扱われることがあった。妖怪の多くは当時の人々にとっての未知の自然現象や未確認生物の目撃から生まれたといわれている。これらに対する恐怖によって生まれたのが、このグループに属する鬼たちだ。

    さて、続いては鬼に関する伝説を書いていこうと思うが、一旦この記事で区切りとさせて別記事で紹介しようと思う。
    続きは「鬼は実在するのか?各地に残る伝説とその正体とは:Part2」こちらからどうぞ! 


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